『20センチュリー・ウーマン』
■スタッフ:/監督 マイク・ミルズ /製作 ミーガン・エリソン アン・ケアリー ユーリー・ヘンリー /製作総指揮 チェルシー・バーナード /脚本 マイク・ミルズ /撮影 ショーン・ポーター /美術 クリス・ジョーンズ /衣装 ジェニファー・ジョンソン /編集 レスリー・ジョーンズ /音楽 ロジャー・ネイル /音楽監修 ハワード・パー
■キャスト:アネット・ベニング(ドロシア) エル・ファニング(ジュリー) グレタ・ガーウィグ(アビー) ルーカス・ジェイド・ズマン(ジェイミー) ビリー・クラダップ(ウィリアム)
■作品データ:/原題 20th Century Women /製作年 2016年 /製作国 アメリカ /配給 ロングライド /上映時間 119分 /映倫区分 PG12
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■受賞歴:第89回 アカデミー賞(2017年)ノミネート・・・脚本賞 マイク・ミルズ /第74回 ゴールデングローブ賞(2017年)ノミネート・・・最優秀作品賞(コメディ/ミュージカル) 最優秀主演女優賞(コメディ/ミュージカル)アネット・ベニング
→ 『長編映画監督としてはデビュー作に当たる「サムサッカー」から、家族はマイク・ミルズにとって大きなテーマだった。面白いのは、彼が自分の父との関係を描いた「人生はビギナーズ」、そして母と自分の周辺の物語である今作と、その主題をよりパーソナルなものとして扱うことによって、普遍的でより開かれた作風へと変化していった点だ。この映画でマイク・ミルズは映画監督として、確固たる地位を築いたと言っていい。/舞台は1979年の南カリフォルニア。十五歳の息子ジェイミーを育てるシングルマザーのドロシアは、彼の身を案じて、下宿人のアビーとジェイミーの幼なじみのジュリーにジェイミーの教育係になって欲しいと申し出る。ジェイミーの成長と70年代と80年代の狭間の時代を軸にして、世代の違う三人の個人史としての女性史が描かれていくという構成が面白い。
「大恐慌時代の女」であるドロシアはワーキング・ウーマンとして生きて、夫と離れ息子と二人で生きていくことを選ぶ。ベビー・ブーマーのアビーはパンクやニュー・ウェイブ、女性解放運動の洗礼を受け、ジェイミーにポップ・カルチャーとフェミニズムの知識を授ける。ジェイミーより少し年上のジュリーは80年代に二十代を迎える世代で、自由を求めているが、立脚点が自分の肉体にしかなく精神的に危うい。/三人の女性を演じる女優がみんな素晴らしい。年齢を重ねていくことの素晴らしさと哀愁を滲ませたドロシアを演じるアネット・ベニング。主人公の水先案内人であるのと同時に彼を混乱させる存在でもあるアビーを、この上なく魅力的に演じるグレタ・ガーウィグ。十代の少女のリアリティとジェイミーの目から見たファンタジーとして女の子が入り混じった、エル・ファニングの不思議な存在感。マイク・ミルズは、それぞれの女優からベストとも言えるパフォーマンスを引き出した。/三人の女性と一人の少年と共に、この映画の主役になっているのはニュー・ウェイブ/パンクの音楽だ。マイク・ミルズの青春の原点としてかかるトーキング・ヘッズは、いつになくキラキラと輝いて聞こえる。』
※女優陣の輝きが全面に押し出された、ある家族の物語。
男性目線からは、やや解り辛い部分もあったな~~、というのが印象。
→ 『前作『人生はビギナーズ』(10)で、75歳でゲイであることをカミングアウトした自らの父親と自分自身の関係を描いたマイク・ミルズ監督。本作は、自身が生まれ育った故郷サンタバーバラを舞台に、今度は自らの母親をモデルに「母と息子」の物語を完成させた。お互いを必要としているのに、うまく表現できない、愛情深いシングルマザーと反抗期の15歳の息子。そして彼らを助ける2人の個性的な女性たちとの特別な夏をパンク・ロックなどの当時のカルチャーと共にユーモアを交えて爽やかに描きだす。
母親ドロシア役を演じるのは、「キッズ・オールライト」の名女優アネット・ベニング。親子に関わる2人の個性的な女性を演じるのは、自由奔放な写真家アビー役を「フランシス・ハ」のグレタ・ガーウィグと挑発的なティーンエイジャーの幼なじみジュリー役を「マレフィセント」、「ネオン・デーモン」の人気女優エル・ファニング。そして、ミルズ監督自身でもある息子ジェイミーを演じるのは10代の新人ルーカス・ジェイド・ズマン。男らしさとは何かを女性たちから見つけようとする悩み多きジェイミーを好演。/今回公開された映像では、グレタ・ガーウィグが自身が演じるアビーについて語っており、アビー役に選ばれると思っていなかった彼女は、「台本がすごくよかった」「監督に会えて光栄だった」とコメント。さらに作品の名場面を織り交ぜながら監督、キャストがグレタについて語っている。思春期を迎える15歳のジェイミーと、普通じゃない彼女たちの特別な夏とは、はたして。』
→ 『アートディレクター、デザイナーとして活躍するマイク・ミルズがメガホンをとり、第89回アカデミー賞で脚本賞にノミネートされた「20センチュリー・ウーマン」(公開中)のトークイベントが6月2日、東京・新宿ピカデリーで行われ、映画コメンテーターのLiLiCoがライターのよしひろまさみち氏を相手に作品の魅力を語った。/オスカー受賞作「人生はビギナーズ」で自身の父をモデルにしたミルズ監督が、新たに自身の母をテーマに据えた親子のドラマ。舞台は1979年。思春期真っただ中の息子ジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズマン)の教育方針に悩むシングルマザーのドロシア(アネット・ベニング)は、ジェイミーの幼なじみジュリー(エル・ファニング)、自宅を間借りしているパンクな写真家アビー(グレタ・ガーウィグ)に協力を依頼する。「君が生きた証」「スポットライト 世紀のスクープ」で知られるビリー・クラダップが、ドロシアの自宅の間借り人ウィリアムに扮する。
「お母さんの感性がすごく素敵で、こういう家族がうらやましい。他人を住まわせちゃうオープンマインドさがとても好き」と語ったLiLiCoは、「彼(ジェイミー)はすごく恵まれていると思う。このお母さんだからこそ、自由というか心が広い」とドロシアにほれぼれした様子だ。自身の半生と本作を重ね合わせ「お父さんが出て行っちゃったあと、私のお母さんをすごく好きだったスウェーデン人が『日本語を学びたい』とやってきて、弟を連れて散歩に行けと(言われた)。子ども心になんでだろうと思ってたら、戻ってきたら2人が肩を組んでいた。お母さんは“お母さん”っていう職業だけど、1人の女性でもある。私は仲が悪くても“お母さん”としか見てなくて、すごく申し訳なかった。仲直りすることもなく亡くなってしまったから、もう少し理解をしてあげたかったな。だからこそ、この映画がうらやましかった。こういう関係だったらよかったのになって。監督にお会いしたときに“まるで自分の人生を見てるみたい”と言ったんだけど、ウチらは全然こういう感じじゃなかった。よくよく考えてみると理想だったんだなと、どんどん理解を深めていきましたね」としみじみと語った。
「“昔こうでしたよ”というのを写真などで挟み込むのがとても上手。時代をすごくわかりやすく表していて、格好いい」とミルズ監督の手腕を評したLiLiCoは「マイク・ミルズ監督に、“お父さん、お母さんと撮って次は何を撮るの?”と聞いたら“次は犬の話にする”って言ってました。今後が楽しみ」と期待を寄せていた。』
※犬の話、、、んなわけねえだろー!つってツッコむところだったんじゃないの~?
●T Rex - 20th Century Boy
※ま、この曲聴くと、モノマネ・ショーに終わってしまった『二十世紀少年』
を思い出してブルーになってしまうわけだけんども~。
→ 『映画は60年代、70年代とは大きく異なる20世紀の最後の5分の1を経験した後から、1979年を振り返っているのだ。映画後半、その後再選を果たせないリベラルな大統領であったジミー・カーターのぎこちないテレビ演説が、登場人物たちにひとつの時代のおわりを予感させる(ドロシアだけが「感動的だった」と感想を述べるのが象徴的だ)。重要なのは、社会の変革が意識された時代は終わろうとしている一方で、その雰囲気はまだ息づいているということだ。だからこそ、20世紀末から1979年の彼らの社会への向き合い方を振り返ることは、1979年以前の変革の時代と、その後にやってくる現在にもつながるパラダイムを見通すことにつながっているのだ。ただ、彼らの社会との向き合い方は、なにか大きな事件を通して見えてくるわけではなく、映画の中での一つひとつの出来事からそれらを読み解くことができる。そのなかでも見逃しやすいが大きな意味を持つシーンが、映画の終盤のドロシアの変化を示すシーンだ。
アビーがジェイミーに見せる世界が「過激すぎる」と感じたドロシアはジェイミーにもその心配な気持ちを伝えるが、ジェイミーは自分はすべてのことに対処しようとしているだけだ(I’m dealing with everything)と反駁され、さらにはドロシアは何にも対処しようとしていない(You’re dealing with nothing)と言われてしまう(本当はドロシアは子供の見る世界を理解しようと必死なのだが)。このシーンの少し後に、ドロシアが社会に対しての向き合い方において一歩踏み込む変化が描かれる。運転中交差点での車線変更をしたとの理由で警官に呼び止められ、それに反抗するのだ。新しい世代からどちらかといえば保守的と捉えられてしまったドロシアが、本来の社会に主張する人格を発揮する。ジェイミーが社会と「対処する」のに勇気づけられ、自らももう一度社会の納得がいかないことに対峙した瞬間であり、地味なシーンだがその後の母と息子の歩み寄りを読み解く上で大きく意味を持つシーンだろう。
そして、この親子の歩み寄りがもたらす会話が、あとにも先にもなかった親密なものであったことがジェイミーによるナレーションで語られるのだ。ここではジェイミーの青春の瞬間でしか成立しなかった体験と同様、1979年の穏やかな世界も再び訪れることがなかったことが示唆されているのではないか。映画のラスト、ドロシアは小型飛行機に乗っている。ドロシアの好きな俳優であるハンフリー・ボガートの映画「カサブランカ」のヒロインのように。これがファーストカットと呼応する。サンタ・バーバラの俯瞰は、劇動の20世紀を生き抜いたドロシアが、空から街を見下ろしていたのかもしれない。』
※若干、ラストまで語っている記事を載せてしまったが、、、別にネタバレどうの
こうのっていうストーリーでもないので、今回だけは許してちょーでえ。
→ 『setoayumi【20センチュリー・ウーマン】マイク・ミルズ監督の1979年サンタバーバラが舞台の新作映画を観に行ってきました。シングルマザーのドロシアと、15歳のジェイミー。そしてそれを取り巻く少し変わった女の子たち。とにかく女の子がキラキラしてて、瑞々しかった。(エル・ファニングの透明感やグレタ・カーウィグのチャーミングさったらもう………!)
母親ドロシアが放つ言葉は、わたしにもものすごく突き刺さることが何度もあって、もの悲しくなったり、幸せになったり、何度も心を揺さぶられた。(アネット・ベニングの演技素晴らしい👏/フェミニスト、パンク、ニューウェイブ………そんなものたちの時代背景も描かれている。「人はみな、誰かと関わりあって生きてる。」劇場を出るときにじわっとそう思った。#20センチュリーウーマン #マイクミルズ #ayumi_cinema /saki9425瀬戸ちゃんは辛いことがあった時はどうしますか?/_kaede_dayo_私も昨日ちょうど観てきました❣️ /coffeegirlchiro昨日みたとこ!』
※それゆえに、終盤、性的な暴露話をするところは、生々しすぎて引いた。
あれはやりすぎだったんじゃあないのかねぇ~~?
『かまち、おまえは人に好かれるか好かれないかということで、生きているのではなかったはずだ。激しく、美しく生きろ!おまえは生きることを生きろ。/人を感動させたいなんて、それはおもしろくない発想。それよりも、自分が感動したい。』 |
出展:前者後者とも「17歳のポケット」ー(集英社) |
発言者:山田かまち (芸術家 1960年7月21日~1977年8月10日) |
→ 『解説:17歳で夭折した詩人であり、画家であり、音楽家。小中学校で同級生だった氷室京介とバンドも組んでいた。その山田かまつの死後、発表された作品が本となり、ブームを巻き起こした。中原中也や尾崎豊の系譜といっていいのか、紹介した2つの詩は、満たされない青春の激しい吐露といってよい。自分のために生きる、自分に正直に、自分に美しく生きる。「高崎市山田かまち美術館」に行けば、彼の熱い世界に会える。』
→ 『BOØWYの氷室京介(かつては氷室狂介)は、山田かまちとは幼稚園から中学校までが同じという幼馴染だった。お互いの家に行き会う仲で、怪獣ごっこなどをして遊んでいたそう。中学生になってからは、BOØWYのメンバーとなる松井常松も含め、よく音楽の練習を行っていたという。ギターの弾ける山田かまちは電話で呼び出されては参加していた。1977年8月10日、山田かまちが亡くなった日。氷室はBOØWYの前身バンドの合宿で志賀高原にいたが、朝山田かまちの訃報を知り、すぐに高崎へと戻った。氷室はすぐに山田かまちの実家を訪れ、祭壇の前に座り込んだ。そして、山田かまちの母親に「おばちゃん、かまちはハードロックでした……」と言った。それからは俯いたままだったと、母親がメディアの取材で述べている。
山田かまちの死後、氷室は80年代を席巻するロックバンド・BOØWYのボーカルとして、1982年3月にファーストアルバム「MORAL」(モラル)を発売する。このアルバムの10曲目に収録されたアルバム名と同じ「MORAL」は、人間の二面性をテーマにした2分20秒の曲であった。一般に同曲は山田かまちの事故死を元に歌詞が作られたと言われている。”人の不幸は大好きサ ””あいつが自殺したって時も俺はニヤッと笑っちまった”など、一見友人の死に対して不謹慎と思われる歌詞であるが、氷室流の親しい友人を偲ぶ、ロックでモラル(道徳的)な方法なのかもしれない。/宮沢賢治やゴッホのように死後、名声を得た山田かまちであるが、彼らと異なる点はまだ大人になっていない思春期ど真ん中で亡くなっている点である。彼の絵を観ると、その将来の可能性をどうしても期待せざるを得ない。その若くして未完で終わってしまった背景がより、私たちを山田かまちへと惹きつけてしまうのだろう。
2004年には映画「かまち」が制作され、公開された。また、2014年には山田かまち水彩デッサン美術館が高崎市の市営施設となり、「高崎市山田かまち美術館」に改称されるなど、没後約40年が経ってもその人気ぶりは今なお健在だ。』
※知りませなんだワー、この人のこと。若くしてその才能を露と散らした
悲劇のアーティスト、しかとその名を心に刻みましたデーーーィ。
☆本日の、『日めくり漱石』は・・・
細かすぎて伝わらない関連動画など
(「富士登山」「早朝」で動画検索してみました!!)
※さながら、ようつべ版・紀行文という感じに仕上がってますな♪
※ご来光を撮影する人々、、、を撮影していて瞬間を逃した?