『リュミエール!』→会社(ウチ)の社員たちは幸福ですヨ~アピール!?
■スタッフ:/監督 ティエリー・フレモー /製作 ティエリー・フレモー ベルトラン・タベルニエ /脚本 ティエリー・フレモー /編集 ティエリー・フレモー /音楽 カミーユ・サン=サーンスナレーションティエリー・フレモー日本語版ナレーション立川志らく
■キャスト:無記載
■作品データ:/原題 Lumiere! /製作年 2016年 /製作国 フランス /配給 ギャガ /上映時間 90分 /映倫区分 G
※史上初の映画「リュミエール工場の出口」。いいモンみせてもらいました!
という感じ。これ、劇場の大スクリーンで観る機会を逃してしまったことが
悔やまれるナァ~~~~~。ま、要するに企業PR宣材っちゅうことから始まっ
たということやわなー。
天性のフレーミングの才能、固定ショットの厳格さ…それこそが美であり、芸術である。BEAUX-ARTS MAGAZINE
当時、初めて映画を見た観客の驚嘆を、我々は追体験する。 LE FIGARO
映画通にはたまらない。 TELERAMA
1分の映画…ベニス、アフリカの種族、軍の野営地、東京の通り、曲芸師の家族、ブロードウェーのまばゆい興奮。全ての映画が、感情を刺激する。それは、私たちの文化、私たちの遺産。 STUDIO CINE LIVE
これらの映画を良く見てみると、驚きにあふれて、めまいがするほどのくせになる経験だ! The Guardian
1896年末までに、リュミエールの映画たちは、世界を征服するだけでなく、地球に住む人々をシンクロさせることに成功した。我々は初めて世界はひとつであると感じることができたのです。 LE MONDE
リュミエール兄弟は、発明者だけでなく、それ以上にアーティストである! L'EXPRESS
リュミエール兄弟が、最初に映画撮影を始めたときから、映画における全ての手法までも作り上げた! LA CROIX
ルイ・リュミエールは印象派を経て、フローベルの手法を受け継いだ。さらにはスタンダールの手法も受け継ぎ、ずっとそれを鑑とした。 ジャン=リュック・ゴダール(映画監督)
リュミエール映画以降の映画はすべて、使い回しであり、使い古しである。リュミエール映画があってこそできたものなのだ。 モーリス・ピアラ(映画監督)
撮影機材が林や海から飛び出してきたり、キャメラマンが広場やカフェに魔法のカメラを設置していた時代があった。スクリーンが、無限の世界への扉を開けた。それがルイ・リュミエールの時代だ。 アンリ・ラングロワ(映画プロデューサー)
→ 『昨日は、25日に六本木ヒルズで開幕した第30回東京国際映画祭へ。映画の父、フランスのリュミエール兄妹が発明したシネマトグラフ、1422作品の中から108本をまとめた作品、「リュミエール」の舞台挨拶と特別上映を拝見。監督のティエリー・フレモーさんと、日本語ナレーションを務められた立川志らく師匠によるトークイベント。たっくさん伝えたい想いが溢れて止まらないチャーミングなフレモー監督と、対照的に淡々と語る志らく師匠…。笑 /いづれにせよ、リュミエールの偉業への敬意に溢れたトークは、会場の映画ファンや映画マニアにとってとても贅沢なイベントでした。
作品は当然ながら白黒の無声。108本の作品は全て1本50秒。それまで人が観たこともない、出演したこともない、ほんの50秒の世界で生まれる奇跡の瞬間が、ユーモアと愛に満ちた志らく師匠の力強いナレーションで語られて時折笑わせてくれる。映像の中の人々がみんな楽しそうで、幸せそうで…。その様子が理屈抜きに観た者を軽やかな気持ちにさせてくれる素敵な作品でした。/私も大の映画ファンとして、動く映像への当時の驚きや感動が伝わる高揚感を、当時の人々と一緒に味わったような輝くような1時間半。🎞 私も幼い頃、初めて映画館で「スターウォーズ」を観て以来、国内外問わず数だけは沢山の作品を観てきました。映画から人生の多くを学び、映画に救われた者のひとりです。でも"映画のはじまり"を観たことはありませんでした。観られて幸せ。♡
しつこいようだけど、映画ファンにはたまらない作品!ありがとうございました。映画ってやっぱりイイ!No Cinema, No Life!』
※普通~~~に、家族写真を残しておこう的な考えで撮られた映像作品。
※手前に向かってくる列車の迫力で、失神したおばあちゃんがいる、
という話は、一種の都市伝説のようなものか。。。
※最後の、「壁倒壊→巻き戻して壁復活」の画像は、ついうっかりフィルム
を巻き戻すところまで観客に見せてしまった不手際が元で、評判を呼んだら
しい。観慣れてない当時のお客さんはさぞ度肝を抜かれたんだろうてーー。
※可愛い姪っ子の所作を残しておきたい、って運動会で我が子を
必死でホームビデオに撮ろうとするパパさんカメラマンの心境と
大して変わらないような。(今も昔もやってる本質は一緒カモ?)
※日本が舞台となったこの50秒映像についてはこんな記事ハケーン↓
→ 『京都最古で国内でも最古級の映像の撮影場所が13日までに判明した。映画を発明したリュミエール兄弟の作品群に1897(明治30)年の京都の映像があり、撮影場所の情報提供を本紙で呼び掛けたところ、左京区の現岡崎公園野球場に建っていた「岡崎町博覧会館」と分かった。15年間しか同所になく、これまで特定が難しかったとみられる。映像はリュミエール兄弟が派遣したカメラマンが同年10月、撮影した。日の丸を掲げた建物前で50秒間、男2人が剣道をしている。フランスのリュミエール研究所長でカンヌ映画祭のティエリー・フレモー総代表が10月末、「京都のどこか教えて」と呼び掛け、10月31日付朝刊で掲載した。
多くの情報が寄せられた中、ヒントになったのは、映像左奥に写っていた多角形の小屋。1903(明治36)年刊の「京都博覧会沿革誌」に、似た建物の配置図が載っていると読者から情報があった。さらに京都博覧会について府立図書館などで調べた結果、「京都博覧協会史略」(1937年刊)に、映像と同じ多角形の小屋が写った写真(1900年撮影)が「岡崎町博覧会館」の正面として載っていた。日の丸を掲げた建物の窓や屋根の特徴も一致し、同会館と判明した。もともと同会館は、1895(明治28)年に岡崎で開かれた第4回内国勧業博の工業館として現平安神宮正面に建てられたロの字形建物で、97年春に北東の現野球場に移築。京都博覧協会の物産展示場となったが、1912(大正元)年に取り壊され、後に一帯は岡崎公園の運動場になった。今回の映像は、12月1日から京都シネマで公開の映画「リュミエール!」で他の映像と合わせて上映される。』
※この子はさしずめ映画黎明期の人気アイドル女優、っていうような存在?
※登山文化と映画文化がほぼ同時期スタートだった、、、いろんな知識が
増えましたヨー。得るものの多い映画鑑賞でゴザッタ。以上!
『目標は人前で言ったほうがいい。言わないと、なかなかできない。』 |
出展:「プロ論 情熱探訪編」 |
発言者:野口健 (登山家 1973年8月21日~ |
→ 『解説:25歳で七大陸最高峰登頂最年少記録を達成した登山家であり、富士山などの清掃登山を欠かさない環境家でもある。何せ16歳でモンブラン登頂を成し遂げているのだから、すごい!それでも高校時は、落ちこぼれて停学中の一人旅で植村直己との出会いが彼の人生を変えたのだ。有言実行、確かに公言しなければ、なかなか実現できないものだ。「今年こそ富士山に登るぞ!」言えば実現できる気がする。』
→ 『2015年4月、ネパールで約80年ぶりという大地震に遭遇しました。山から大きな岩が落ちてくる中、近くの村まで何とか避難しましたが、壊滅的な被害に遭っていました。自分に何かできることはないかと考え、カメラや通信機器を使って、被害の状況を発信しようと決めました。ネパールの家は石積みで、雪には強いが、揺れには非常にもろい。余震のたびに家が崩れるため、住民は怖くて家に入れません。屋外での避難生活で雨に打たれ、精神的に大きなダメージを受けていました。必要なのは大型テントだと思い、支援を呼びかけました。被災地に足を運び、被災者と会話することで、どんな支援が必要か分かります。被災者に向き合うことはエネルギーを必要としますが、変化する被災地のニーズに応えることができます。「目に見える支援ができる」と寄付してくれた人もいて、現場からダイレクトに写真を送ってよかったなと思っています。(中略)
「日本の避難所はソマリアの難民キャンプ以下だ」と指摘する専門家がいました。災害や紛争から避難した人たちの人権を守るための国際基準があります。1人当たりの居住面積など、ベースキャンプを参考に作ったテント村は、この基準とかなり合致していました。しかし、日本は多くの災害を繰り返しながら、こういった概念はありません。避難所は雨風をしのげればいいというものではありません。家や家族を失った悲しみや不安を抱えた被災者の気持ちを切らさず、前向きになれるような雰囲気作りが大切です。テント村では、禁止といわれた火気使用とアルコールを認めました。三食冷えた弁当では元気は出ません。飲みたい日もあります。極限状態の中でも人間は人間らしい生活をしなければならないという思いがありました。/約1カ月半のテント村でしたが、1度で終わらせたくありません。反省点は数多くあります。震災はまたいつか必ず起きます。その時のためにも平時から、もっと楽しく快適に過ごせて気持ちが前向きになれる、質の高い避難所を考えていきます。』
※この人、もう少し活舌が良ければいいのに。なんか胡散臭さを醸し出して
しまって損してる気がするな~~~。
→ 『今日は世界ふしぎ発見の収録。いやいや、本気で難しかった...。でも物凄いロケに驚き!
「今こそ日本の海へ!康次郎×万次郎小笠原諸島 冒険クルーズ」海洋冒険家・白石康次郎。過酷かつ壮大な、クルーズが始まっていた。まさに、世界ふしぎ大航海!放送日は8月18日(土)21時~21時54分です。』
☆本日の、『日めくり漱石』は・・・
※紙芝居、イイ!世界観がすぐ伝わる♪