【宮澤賢治】萌え文学の元祖か

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電波男』を読んでいて、無性に「銀河鉄道の夜に」を再読してみたくなった。

作者の本田透さん曰く、宮澤賢治にとって、妹の存在がアイデンティティーを支える

大きな存在であったらしい。いろいろと研究者の論文をググり読んだところでも、

二人の間には単なる兄妹関係以上の何か(恋愛感情に似たもの)があったのだろうと

考察している人が多い。意外と、現代オタクが礎としている“脳内・妹・萌え~♪”の

構造と似ていたかもしれない。本田氏は宮澤賢治だけに留まらず、「スターウォーズ

タクシードライバー」「バファロー66」など、古今東西の様々な作品を巧みに例に

とり「イケメン」と「ブサメン」「萌え」と「ルサンチマン」(怨念)などのキーワード

ですべて読み解いてみせる。無理やり~とかウソ臭~とか思って読み始めたものの、この

怒涛の関連付け攻撃はさすがに神経を麻痺させ「ムム。結構核心を突いているかも!?」

と思わせてしまうから不思議である。2ch用語の「~~だYO!」や「な、なんだってー!

AA略」などの多様も、ちゃねら~としては目に心地よい。洗脳されてしまいそーだ・・・。

で、宮澤賢治さん関連に詳しいサイトのURLと、最愛の妹・トシが死んだ際に作ったという

詩「永訣の朝」を添付する。ああ、高校の時国語の先生がコレ朗読しながら涙ぐんでたっけ。

「あめゆじゅとてちてけんじゃ、雨水を取って来てください、という意味です。綺麗な日本語

ですねえ~(涙)」 あの先生、もしかしたら萌え~系の人だったんだろうか・・・?


http://www.kenji-world.net/index.html   


永訣の朝          宮澤賢治


けふのうちに とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ

みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ(あめゆじゅとてちてけんじゃ)

うすあかくいっさう陰惨〔いんさん〕な雲から

みぞれはびちょびちょふってくる (あめゆじゅとてちてけんじゃ)

青い蓴菜じゅんさい〕のもやうのついた これらふたつのかけた陶椀〔たうわん〕に

おまへがたべるあめゆきをとらうとして わたくしはまがったてっぽうだまのやうに

このくらいみぞれのなかに飛びだした (あめゆじゅとてちてけんじゃ)

蒼鉛〔さうえん〕いろの暗い雲から みぞれはびちょびちょ沈んでくる

ああとし子 死ぬといふいまごろになって わたくしをいっしゃうあかるくするために

こんなさっぱりした雪のひとわんを おまへはわたくしにたのんだのだ

ありがたうわたくしのけなげないもうとよ

わたくしもまっすぐにすすんでいくから (あめゆじゅとてちてけんじゃ)

はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから おまへはわたくしにたのんだのだ

銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの そらからおちた雪のさいごのひとわんを……

…ふたきれのみかげせきざいに みぞれはさびしくたまってゐる

わたくしはそのうへにあぶなくたち 雪と水とのまっしろな二相系〔にさうけい〕をたもち

すきとほるつめたい雫にみちた このつややかな松のえだから

わたくしのやさしいいもうとの さいごのたべものをもらっていかう

わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも

もうけふおまへはわかれてしまふ (Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ あああのとざされた病室の

くらいびゃうぶやかやのなかに やさしくあをじろく燃えてゐる

わたくしのけなげないもうとよ この雪はどこをえらばうにも

あんまりどこもまっしろなのだ あんなおそろしいみだれたそらから

このうつくしい雪がきたのだ

(うまれでくるたてこんどはこたにわりやのごとばかりでくるしまなあよにうまれてくる)

おまへがたべるこのふたわんのゆきに わたくしはいまこころからいのる

どうかこれが天上のアイスクリームになって おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに

わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ


 (TωT)ウルルルルルルルルルル~