「カメ止め」はやDVD出るんだぁ~。
→ 『ロングランヒットしている映画『カメラを止めるな!』(公開中)の興行収入が30億を突破したことが明らかになった(興行通信社調べ)/監督や俳優の養成スクールであるENBUゼミナールの「シネマプロジェクト」第7弾として製作された本作は、上田慎一郎監督とオーディションで選ばれた無名の俳優たちによるゾンビムービー。6月23日に都内2館で劇場公開されるとSNSの口コミで話題を呼び、全国300館以上に上映館が拡大した。
同作は、公開から約2か月で全国映画動員ランキングのトップ10にランクインすると、徐々に順位を上げて最高6位となる異例のヒット。公開から20週を超えた13日時点でも全国約200館の映画館で上映されているということで、どこまで記録が伸びるのか期待が高まる。/また、監督役の濱津隆之が月9ドラマ「SUITS/スーツ」に謎の情報屋として出演し、日暮真央役の真魚が12月スタートのドラマ「この恋はツミなのか!?」に女流棋士役での出演が決定するなど、キャストたちも脚光を浴びている。(編集部・梅山富美子)』
※順調に売り上げを伸ばし、まだまだ劇場上映オンリィでひっぱれるのにも拘らず・・・
えええ!?もう来月初めにDVD出るって~~~!?ビクーリ
→ 『この日はかわさきFM「コスギスイッチON!」終わりでの夕方入りだったからまるで時間がなくてみんなのファンアートをちゃんと見る暇がなかったの💦悔しい〜😫 /だからせめてメンバーが撮った写真だけでもしっかと焼き付けます!
※ファンの子たちのイラストネタで盛り上がるって、「あまちゃん」の時の
ノリと、ちょっと似ておりますな~~~~~。
※司会のオバチャンが、やっぱりおいしいとこ持っていくんだよなぁー。
→ 『『カメラを止めるな!』は、その目玉企画を表面でやりながら、『みせかけの裏方』という『時空』を超えた新たな『時空のモンタージュ理論』を発明したのだ。モンタージュ理論は『一方、所変わって…こちらでは…』のシンクロする時間を別場所で表現する映像手法であるが、『#カメ止め』のモンタージュ理論は、『所変わらず、見えないところでは…』という他角度の視点を追尾体験させたことだ。映画を観ていない人にはちんぷんかんぷんな説明でネタバレを防いでいるつもりだ。
ある意味、前者のモンタージュ理論は、アガサ・クリスティーのエルキュール・ポアロ探偵のようにポアロと共に、読者は謎解きのリアル体験を行う。しかし、カメ止めの『時空のモンタージュ理論』は、ピーター・フォーク扮する刑事コロンボのように、最初に犯人ありきでストーリーすべてを見せながら、そのひとつづつのピースの謎解きを行い『事象』を再トレースするのだ。『古畑任三郎』も同様だ。/ちなみに、『#カメ止め』はユーキャン流行語大賞にノミネートされている。ユーキャンも大賞を発表するだけでなくノミネート作品を発表するところから二度美味しい大賞となっている。』
BLOODY DISGUSTING 記録的な「死者の一切れ」が英国映画館で開幕1月2019
→ 『(日本語変換版)ファンタジア映画祭で上映された日本のゾンビ映画「 ワン・カット・オブ・ザ・デッド」(ここでは私たちのレビューです)は、1999年のブレイア・ウィッチ・プロジェクトの記録的な成功に匹敵し 、2019年1月4日に英国の映画館にオープンします。このように広く賞賛されているこの祭りを最初に見た人の一人になりたくない人は、次のいずれかの場所でそれを捉えることができます:プリンス・チャールズ・シネマ、ロンドン 陸地シネマ、ノッティングハム グラスゴー映画劇場 CHAPTER、カーディフ キューブ、ブリストル クワッドシネマ、ダービー DEPTFORDシネマ、ロンドン /映画では、実際のゾンビに襲われたときに放棄された第二次世界大戦の日本の施設で低予算のゾンビ映画を撮影したハック・ディレクターと映画のクルーのために事態がひどくなる。』
※しゅはまさんの狂気演技は、イギリスの映画好きたちに伝わるかな~。シンパーイ
「はい、ポン!!!」
お後が宜しいようで・・・
『裕福な人はその富を浪費するよりも、社会がより豊かになるために使うべきだ。』 |
出展:「富の福音」(きこ書房) |
発言者:アンドリュー・カーネギー (アメリカの実業家 1835年11月25日~1919年8月11日) |
→ 『解説:アンドリュー・カーネギーはスコットランドからの移民としてアメリカにやってきた。木綿工場で働く週給1ドル20セントの糸巻き少年から出発し、やがて「鋼鉄王」といわれる成功を収め、ロックフェラーに次ぐ大富豪となる。しかし、蓄財は偶像崇拝の悪い種の一つだと考え、後半の人生を慈善活動に捧げた。カーネギー財団、平和基金、研究所などが有名だ。こうした活動はビル・ゲイツや、マーク・ザッカーバーグなどにも引き継がれている。よきアメリカンドリームだ。』
→ 『カーネギーがまだ子供の頃、母親と一緒に市場へ買い物に行った時のことである。果物屋の店先に山積みされていたさくらんぼに見入るカーネギー少年に気付いた果物屋の主人が、「さくらんぼを一つかみ分だけサービスしてあげよう」と、気前よくカーネギー少年に言った。しかし、カーネギー少年はさくらんぼに全く手を出そうとしない。そこで主人が「さくらんぼは嫌いなのかい?」と尋ねたが、カーネギー少年は「嫌いじゃない」と言うだけで、やはりさくらんぼに手を出そうとしなかった。主人は不思議そうな顔をしながら、さくらんぼをつかんでカーネギー少年の帽子に入れてやった。それを見ていた母親もやはり不思議に思ったらしく、帰宅後に「どうして自分でさくらんぼを取らなかったの?」と尋ねてみると、カーネギー少年は得意そうに、「だって、ぼくの手よりも果物屋さんの手の方が大きいから、さくらんぼをいっぱいもらえるでしょ」と答えたという。カーネギーが子供の頃から人並外れて計算高い性格であったことを物語るエピソードである。』
☆本日の、『日めくり漱石』は・・・
※「ン”オォ~~~~~~ッ!」