【アシッド映画館 本放送あと2回】さらばABC

ああ~、エレカシの「武道館ライブ」DVDを観なければ、、、と思いながらも、昨日は『サムライ・ゾンビ』
なんかを観てしまったwww 今日は今日で、目の前にDVDを置きながらも、アシッド映画館の懐かし音源ば
かり聴いてしまってる。。。エレカシ武道館を観られるのはいつの日になることだろう~(結構おあずけ期間
長引きそう~~~~( ;∀;))

さてさて、ラジオ冬の時代、ってこともあってか、深夜放送の多くが打ち切られてしまう昨今。ABCラジオ
は、『サイキック青年団』が葬られ、『スレッドキング』が抹殺され、残す牙城は『アシッド』だけとなってい
た。しかも、館主の平野秀朗その人は、何らかの思うところあって謹慎体制に入り、アシスタントの鳥居のむっ
ちゃんが、ご主人の帰るまでの間、本丸を守り抜いて臨時館主として一生懸命やってくれていたと言うのに・・。
このたびの突然の「悲しいお知らせ」。リスナーをないがしろにしてるとしっぺ返しに遭いまっせ~~~~~、
と言いたい。声を大にして。
イメージ 1

今後は不定期でお送りして行きたい、とむっちゃんの言う「一筋の光明」も、フェイドアウトの一環なんでしょ
?とちょっと醒めた心境でしか聴けない自分がいる・・・。だって、毎週の本放送あっての、不定期突如出現特
番だったんだしなぁ~~~~~。まぁ、公式HPはチェックするが、1~2回、申し訳程度に放送して、その後
完全抹殺、という処遇なんぞしてみぃ~!!一生聴いたらへんぞっ!ABC!!!ッチュウテネ~(; ・`ω・´)


ウィキペディアを貼っとこぉ~~~~~っと。゚(゚′д`゚)゚。記念に。
『ABCアシッド映画館』(エー・ビー・シー・アシッドえいがかん)は、ABCラジオ朝日放送)で1993年4月から放送されている映画情報・評論番組。2009年7月14日からの放送時間は、毎週土曜日深夜26:00 - 26:30。初回から現在に至るまで、関西以外の地域のラジオ局にはネットされていない。パーソナリティは、番組開始当初から長年にわたって、「関西唯一の映画評論家」の平野秀朗とフリーアナウンサーの鳥居睦子のコンビ。2008年には、当番組に対して、日本放送作家協会関西支部支部長・藤本義一)から同年度の関西ディレクター大賞特別賞を授与された。/2009年7月7日をもって平野が自身の”充電期間”を理由に番組から離れた為、翌週7月14日放送分より鳥居だけの出演に変更。しかし、2009年10月3日の放送を最後に、16年間にわたるレギュラー放送をいったん終了することが決まった。
イメージ 2

アシッドの初代ディレクター・プロデューサーの板井昭浩が担当し、竹内義和ちわきまゆみがパーソナリティを務めていた「ABCラジオパラダイス」水曜日の番組内で、当時平野が「シネマ飯店」と言う映画コーナーを担当していた。その後1992年末の同番組終了を受け継ぐ形で、翌年4月に始まったのが当番組である。番組の命名は板井による。/放送開始当初の放送時間は45分番組。1996年10月から30分番組に、1998年12月から1時間番組として放送された。2007年4月で番組開始15年目を迎えたが、長らく26:00であった放送開始時刻を27:00に繰り下げ。2009年7月からは再び、26:00スタートの30分番組になった。番組開始のきっかけは、平野と鳥居が、ABCラジオで平日の朝に放送されていたワイド番組「ナイス9 長沢彰彦です」の中継コーナーを担当していたことにある。当時、同コーナーのディレクターだった平野が、美人アナとして近寄りがたい雰囲気を醸し出していたリポーターの鳥居に、小声で恐るおそる「僕と一緒に映画番組やりませんか?」と声をかけたことで誕生したという。(2009年7月7日放送での発言より)
☆平野秀朗(ひらの ひであき)※現在は一時的に番組出演を休養している。同番組「館主」。番組内では「先生」と呼ばれる。番組内で『エイリアン2』を74回観た(2007年の関西学院大学学園祭では78回に)とたびたび語っていたところ、リスナーであった山田真哉の著書『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる経済学』(光文社、2005年2月16日、ISBN 4-334-03291-5)内で取り上げられた。
☆鳥居睦子(とりい むつこ)番組内では「鳥居さん」もしくは「むっちゃん」と呼ばれる。平野の「邪推」と「下世話ネタ」に対するツッコミを担当する。ブラッド・ピットの大ファン。2006年4月15日から7月8日まで休養した際は、宮本真由美が代役を務めた。
☆準レギュラー→ぼんちゃん:同番組の創設者板井昭浩(いたいあきひろ)ディレクター(当時)の事。水野晴郎のぼんちゃんに引っ掛けたキャラクターで、この番組に出演するときのみしか登場しない。しかし番組に登場しても、「ここ最近映画は見てない」など番組制作者としてあるまじき発言をした上に、アメフトについて一方的に熱く語ったりするなど、パーソナリティを困惑させていた。「削減!」を名言に掲げ、コストカッターとして自身のコストまでカット、年始第1回目の放送時のみ登場していたが、社内異動でテレビ番組の製作へ移った為に、現在は出演していない。
●放送内容 :通常放送→新作映画を紹介する「ニューシネマライナー」、すでにレンタル化されている作品について取り上げる「レンタル映画館」、ハリウッド俳優のゴシップを報道する「ちょいカキ平野のハリウッドスキャンダル」などのコーナーの合間に、主に平野が選んだサントラを1曲をかける。尚、「レンタル映画館」のコーナーは休むことが多い。番組のジングル「ABC ASID CIMEMA Super cool radio!」は、クエンティン・タランティーノ監督の実声が使われており。番組の最後に映画グッズや試写会の招待券などのプレゼントがある。
・特別企画:通常放送以外にも番組開始当初から、毎年最後の放送となる12月24日から30日の土曜に、リスナーの投票でその年の映画の順位をつける「アシッド・シネマグランプリ」を開催している。このランキングは通常、前年12月から当年11月末までの封切映画を対象に、リスナーが選んだベスト映画5本について、1位に10ポイント、2位に6ポイント、3位に4ポイント、4位に3ポイント、5位に2ポイントを振り分けてそれぞれ計算し、採点結果を発表するもの。合わせてワースト1作品も発表する。
また、その年最初の放送となる1月第1週の土曜に、平野がその年の前年に当たる映画に順位をつける「アシッドが選ぶベスト10」を放送。同時に鳥居や番組スタッフである「伊藤ディレクター」が選んだ各ベスト3も公表している。板井も「ぼんちゃん」の名前で出演していたが、社内の異動により出演できなくなった。一般的な番組には珍しく新年早々に前年を振り返るため、出演者曰く「後ろ向きな放送」。
・その他の特別放送番組:通常の放送の時間帯以外に、年に複数回1998年より「アシッドサントラハウス」(番外編「アシッドサントラハウス・アネックス」)や、2005年より「アシッド映画業界裏」等といったタイトルの特別放送番組も行っている。
・番組イベント:1998年より年に1回のペースで、「電影特殊講義 映画学概論」と銘打ったトークイベントを開催。平野・鳥居に加えて、竹内義和も長年参加してきた。イベントでは、映画制作やキャンペーンの裏話、珍しいネタなどが紹介されるほか、竹内が持ち込んだ「秘蔵映像」も公開されていた。/また平野は、千里セルシー大阪府吹田市)にある映画館「千里セルシーシアター」の支配人から当番組に届いたメッセージをきっかけに、2003年から不定期で同館の”1日館長”を務めてきた。館長を務める日の前後には、シネマグランプリ(前述)に選んだ作品など、平野お勧めの映画を2本立てで上映。館長を担当する日には、平野によるトークイベントも開かれた。
イメージ 3

・映画批評:平野自身が映画業界で評論家としても活動しており、番組を放送する朝日放送が出資する映画もあるにも関わらず、全体的に映画評論としては非常に辛口で、辛らつな意見が多い番組である。どのような監督でどのようなキャストでも、面白くないものは面白くない、面白いものは面白いと、リスナーにとってわかりやすい評論が展開されるので、一般の映画ファンとしても参考になる場合が多い。上記の例として、「デビルマン」、「北京原人 Who are you?」といった映画を当番組で酷評したことがあったが、あまりの酷評ぶりにかえって宣伝効果を生んだと言われる。上映期間・劇場が大いに限られた作品や、劇場公開時に興行面で苦戦を強いられた作品でも、平野や鳥居による絶賛がリスナーの共感やDVDでの人気を増幅させたことが少なくない。(「ガチボーイ」「キサラギ」など)/かつてならば、配給会社は酷評を発するメディア、評論者に対しては圧力をかける動きを見せていたわけである。しかし現在の配給会社は、その酷評のされかたによっては、槍玉に挙がった映画の観客動員が上がることもあるともいわれ、制作サイドは現実の直視(?)を迫られている。
また本番組によって、前述の「北京原人」では主役の北京原人を、「デビルマン」では飛鳥教授を演じた本田博太郎が色物俳優として一躍脚光を浴びたことも、大きな功績と言える。/さらに、正面からの批評の他に、番組(というよりは平野の)独自の解釈による「裏テーマ」を「邪推」するのが通例となっていることもあり、必ずしも動員数が話題になる映画を紹介するとは限らないため、通常の映画紹介番組とは違った意見を聴くことができる。
・番組存亡の危機:長期にわたって放送している番組にもかかわらず、ABC社内でも当番組の存在を知っている者は少ない。関西ディレクター大賞特別賞(前述)を受賞したのを機に、初めて存在を知ったという社員もいる。深夜3時から放送されていた期間(2007年4月~2009年7月)には、早朝番組に近い番組と化したため、パーソナリティはリスナーの番組離れを危惧していた。公開イベントなどでは何とか番組に好印象を持ってもらう為、イベント来場者が近くにあるショールームを利用し、ベタ褒めするよう指令を出す。また番組開始当初は確かに「お兄さんと、お姉さん」であったパーソナリティが、もう「おっさんと、おばはん」になっている事に一抹の憂いを見せていた。さらに、映画評論家としての立場上キナ臭い情報にも接する平野は、「(頻繁に取り上げる業界の裏事情ネタで)迂闊な事を喋れば番組ごと抹殺される」との危機感を匂わせる発言を繰り返した。/2009年6月27日の放送で7月4日付けで平野が「充電期間」として降板、同年7月11日から26時からの30分番組になり、鳥居1人でパーソナリティを務めてきた。しかし、同年9月19日放送分のエンディングで、10月3日の放送を最後にレギュラー番組としていったん終止符を打つことが鳥居から発表された。ただし、番組自体は今後も不定期で放送する予定。鳥居からの発表によれば、月1回ペースの放送を目標に、平野を復帰させての番組継続を検討しているという。

ニコニコ動画 アシッドサントラハウス・エピソード8-2008年12月14日
※昨年末に放送された傑作特番!!アシッドを知らない人はサントラの王道に心躍らせ、アシッドをご存知の方
は番組当初のエピソードに涙してくださいな♪あー、こんないい番組、もう二度と耳にできんやろぅなぁ~~~。