『ガキ使』黒塗りメイク問題ナドナド その他芸能ニュース

エディ・ハマダ・マーフィーの話題


オリコンニュース 松本人志、『ガキ使』黒塗りメイク問題語る「いろいろ言いたいことはある」
ダウンタウン松本人志(54)が、14日放送のフジテレビ系『ワイドナショー』(毎週日曜 前10:00)に出演し、昨年大みそか日本テレビ系で放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 大晦日年越しSP 絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!』で物議をかもした“黒塗りメイク”問題に言及した。 同番組でダウンタウン浜田雅功(54)が顔に黒塗りメイクを施し、映画『ビバリーヒルズ・コップ』のエディー・マーフィーに扮した。これが人種差別ではないかと批判が上がっていることが紹介された。
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  松本は「これに関しては、いろいろ言いたいことはあるんですけど、もうめんどくさいので、浜田が悪いでいいです。あいつを干しましょう。国外追放。断らなかったあいつが悪い」と言って、一笑に付した。 ゲスト出演した安藤優子キャスターは「エディー・マーフィーに扮したところまではよかったんだと思うんですが、それを笑いの種にしたわけですよね。マネするところまでは許されても、それを笑いのネタにしたことが人種差別だっていうことでは」と言い、ヒロミは「パワハラやセクハラもそうだけど、相手の感覚で言われる場合もある。僕らは島国だから、そういうものに関して疎いのかもしれない」とコメント。また、音楽プロデューサーのもふくちゃんは「最近日本はある意味国際的になって、世界中の人が見ている。いろんな目が増えたということの表れ。テレビ業界の人たちはいろんなところに目配せした番組づくりが必要なんじゃないか」と持論を展開した。
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  松本は「今回テーマがアメリカンポリスで、『ビバリーヒルズ・コップ』のエディー・マーフィーをやったんですよ。だから流れとしては全然唐突ではないんですけど」と弁明しかけたが、「まあ、でも浜田が悪いね」と笑いに変えた。番組MCの東野幸治は、AbemaTVの取材に対する日本テレビの回答として、「差別する意図は一切ありません。本件をめぐってはさまざまなご意見があることは承知しており、今後の番組づくりの参考にさせていただきます」とのコメントを紹介した。松本は「今後どうするのかなぁ」と憂い、「僕らはモノマネタレントじゃないんでいいんですけど、今後、バラエティーは黒塗りなしでいくんですね? ルールブックを作ってほしい。黒塗りしてモノマネする人がこの先出てきたら、同じぐらい叩かれないと今度は浜田差別になる」と指摘した。』
※相変わらず、まっちゃんの返しは完ぺきなワケだが・・・。
それにしても、この手のクレーマーたちには、ホント辟易する!
まっさらな子供に「ガキ使」見せて、黒塗りハマちゃんを見せて、
黒人差別するようになるなどというアホらしい感想を持つ意味が
解らない。ちびくろサンボを一時発禁にした類の偏見の塊だな・・・。
差別と結びつける奴が一番差別意識を持っているだけの話!

HUFFPOST 「言いたいことはあるけど、面倒くさいので浜田が悪い」
『ゲスト出演した音楽プロデューサーの福嶋麻衣子(もふくちゃん)はそういった側面を踏まえて、顔を黒塗りにするという行為が「記号的に、世界的にダメなことにされているってことが、歴史的にも前提」と発言した。そのうえで「日本の国内で笑っている分にはよかったかもしれないですが、最近は日本が国際的になって、世界中の人たちがそういうものを見ている。いろいろな目が増えた。先進国になったということの一つの表れかなと思う」と述べた。そして、TV業界の制作者たちに向けて「日本がいろいろなところから見られている、国際的な立場になっているということに目配せした番組作りが必要なんじゃないかなというふうに思います」と結論づけた。
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(シャネルズは今やったらアウト?)
一方、松本は、次のように番組の立場を釈明した。「でも今回はテーマがアメリカンポリスで、ビバリーヒルズコップのエディーマーフィーをやったんですよ。だから流れとしては、唐突ではないですけど...」日テレ側はこのようなコメントを発表している。「ご指摘のシーンについては、ダウンタウンの浜田さんが、あくまで、映画『ビバリーヒルズ・コップ』で俳優のエディ・マーフィさんが演じる主人公『アクセル・フォーリー』に扮したもので、差別する意図は一切ありません。本件をめぐっては、様々なご意見があることは承知しており、今後の番組作りの参考にさせていただきます」番組でもこのコメントが読み上げられた。これに対して松本は、「じゃあ、今後はどうするのかーって。僕らはものまねタレントではないので、別にいいんですけど。モノマネとか色々バラエティで、黒塗りは、じゃあもう、なしでいくんですね? はっきりルールブックを設けてほしい」と続けた。
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(白塗りのトシオくんは白人差別?)
黒塗りをどう考えるのか。この問いに、もふくちゃんは「黒塗りはアウトだと思います」と返した。「塗らないやり方でのモノマネはいくらでもある」と声を強めた。他のコメンテーターからは「ダメだと言われたからごめんなさいでは、また違うパターンでの失敗をしてしまう」と、文化の違いについてもっと議論をすべきだという指摘も出ていた。一方、もふくちゃんは「世界で見ても、全員が笑えるものではないといけないっていう風になってきちゃったんだと思います。それが良いか悪いかは別として...」と発言。ゲストの安藤優子が「いやー、でも、そうなってくると、ものすごくテレビの番組って面白くなくなるような気がする...」と返すと、松本も「今、いいか悪いか別にしてと言いましたが、悪いしかないよ」と締めくくっていた。』
※これ以上テレビをつまらなくしたらアカンと思うがな~。

●【海外の反応】衝撃!!米国人「日本人の黒塗りメイクが黒人差別だって!?」外国人ザワつく!!


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ますだおかだ岡田の離婚問題からの飛び火


デイリー 西川のりお ますおか岡田元妻の芸人力バッサリ「あんなもん売れるわけない」
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『お笑い芸人・西川のりお(66)が13日、読売テレビ「特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル」に出演。「ますだおかだ」の岡田圭右(49)と離婚した、元お笑い芸人で現在はタレントとして活動している岡田祐佳(42)の“漫才力”をバッサリ斬った。/祐佳は、離婚発表前日の12月26日のブログで「今年は正直色々大変だったなぁ。裏切られたり、騙されたり…ハメられたり 悲しい思いや悔しい思いを沢山した」と意味深長な文章を書き綴っていたが、この「ハメられた」発言についても、番組ではトークが繰り広げられた。/結婚前には「-4℃」という漫才コンビを結成していたが、結婚を機に引退。
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この経歴について、芸能リポーター井上公造氏が「(同じ松竹芸能の)オセロが出る(デビューする)前なので、岡田さんと結婚してなければ、かなりの人気コンビになってたかもしれない」とコメントすると、漫才コンビ時代の祐佳を知っているのりおは、「それは厳しかったと思います。そら、おもろいことも何ともない。井上さんも、適当なこと言うたらあかんで。あんなもん売れるわけないやないか。オレはこの仕事、49年やっとるわ。あれは売れへん。(漫才)ヘタクソやがな。ぶっちゃけた話、素人」とまくしたてた。祐佳は1995年、同じ松竹芸能で同期のコンビだった岡田と結婚。1男1女をもうけたが、2016年秋から別居。17年11月15日に協議離婚した。』
※意外な方向から突然、「-4℃」オモロなかった!とダメ出しされた
松本美香さん(上嶋の相方で現お笑いタレント続行中!)が一番の被害
者であろう。。。

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※-4℃は続けていれば、たとえば「天然もろこし」のような、味のある
漫才コンビになってただろうな~、と想像はつく♪

松竹芸能つながり!TKOのインタビュー掲載


お笑いナタリー TKOのインタビュー掲載、「新ネタにゾクゾクする気持ち」明かす
『TKOのインタビューが、本日1月12日発売の雑誌「+act.(プラスアクト)」(ワニブックス)2018年2月号に掲載された。
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昨年12月、最新単独ライブを収めたDVD「TKO ゴールデン劇場6」をリリースしたTKO。このインタビューでは新ネタを作り続ける理由や、25年以上の長い芸歴の中で味わったお笑いブームの移り変わりについて答えた。木本は「コントっていう核があるからこブレずに、不安にならずに、腐らずにやってこれた」と振り返り、木下は「『こんなネタできてん。見てみて』っていうゾクゾクする気持ちをこれからも生んでいければ」と継続してネタに取り組んでいくことを宣言している。』

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●『TKO ゴールデン劇場6』トレーラー

※レッドカーペットで全国区になったTKO。
 アメザリも何度か出たが、「ピーチフルピーチ」の売り方に失敗。
 でも単独ライヴでその長尺ヴァージョンが観られたので、むしろ
 幸せであった♪テレビには向いていないある程度の長さのネタを
 披露できてこその芸人さん、というところはあると思うーーー。




☆書籍「元気が出る言葉」&サライ「日めくり漱石」をお届け♪

(詳細は、1月2日の日記を参照のこと!)

☆さ~~て、本日1月13日(土)の、「元気が出る言葉」は~?

『やられる側の人間を美しく描きたい』
出展:NHK「あの人に会いたい」2005年
発言者:丸木俊(洋画家 1912年2月11日~2000年1月13日)
『解説:1946年、彼はいわさきちひろに絵の指導をしている。また1955年2人はノーベル平和賞にノミネートされた。』

◎関連書籍、楽曲、映画(ドラマ)などなど・・・

NHKアーカイブス 「あの人に会いたい」動画あり!
『・丸木俊(画家)・・・反戦・平和を訴え続けた画家 丸木俊は、原爆・大量虐殺・公害問題など重い社会的テーマに夫・丸木位里と共に果敢に挑んだ。「原爆の図」は第一部「幽霊」(1950年)から30年にわたる夫婦の共同制作で生まれた。1950年代の日本人の多くは丸木夫妻の絵によって原爆にはじめて遭遇したといわれている。「頼まれもせず、売れもせず、という絵を描くのは気持ちがいい」と言う丸木俊が、絵にこめる思いを語る。』

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●HELLFIRE 劫火 1988

・「原爆の図」を描き続けた丸木位里丸木俊夫妻の創作活動と画業を辿り、
夫妻の生き方と芸術を通して未来への希望を語る。

☆本日の、『日めくり漱石』は・・・
サライ 「夏目漱石」の記事一覧

“私の考えでは、世の中に何が尊いといって愛と美ほど尊いものはないと思います。吾々を幸福にするのは全く両者の御蔭であります(『吾輩は猫である』より)”

1906年1月13日の漱石】29歳で再婚した門弟・寺田寅彦の新妻に祝いを贈る。

今から110年前の今日、すなわち明治39年(1906)1月13日、漱石は門弟で物理学者の寺田寅彦へ、新婚の祝いとして絹糸と熨斗(のし)を届けた。この時、寅彦は数え29歳。迎えた妻は、寅彦と同じ高知出身の寛子(ゆたこ)。結婚式は前年の8月、郷里であげた。そのあと、寅彦が単身上京して貸家を探し、12月から小石川の新居での結婚生活をはじめていた。

漱石は上京当日(8月20日)の寅彦から、すでに結婚の報告を受けている。その2日後、寅彦は改めて夏目家を訪問、漱石の妻・鏡子夫人に記念として「白玉の帯鐶」(白サンゴの帯留)を贈ったことを日記に記している。漱石夫妻からも当然、ご祝儀を渡されたことだろう。漱石がこの日持参した絹糸は、それとは別の新生活をはじめた新婦への気遣いだったろうか。漱石は1月3日にもふらりと新婚の寺田家を訪ね、寛子のつくった雑煮の馳走にあずかりながら、夫婦の仲睦まじい様子を目を細めて眺めていた。

寅彦はじつは、熊本五高在学中の明治30年(1897)7月、20歳の折に親が決めた最初の結婚をしている。相手は15歳と年若い夏子。ところが、夏子は結核のため、一女を残して20歳で病没してしまった。夏子が病に倒れたのは、ちょうど漱石がロンドン留学中のこと。漱石はロンドンからはるばる《随分御療養専一》と見舞いの手紙を書いたりもしていた。その夏子が漱石の帰国直前に没して3年余、寅彦がようやく新しい結婚生活へ踏み出していく気持ちになれたことに、40歳の不惑を迎えた漱石は、ほっと安堵の胸をなでおろしていた。寅彦は、帰国した漱石のもとを頻繁に訪ねることで、自身の傷ついた心を癒すことができたのだった。寅彦は漱石の没後、しみじみとこう綴(つづ)っている。

《色々な不幸の為に心が重くなつたときに、先生に会つて話をして居ると心の重荷がいつの間にか軽くなつて居た。(中略)先生といふものゝ存在そのものが心の糧となり医薬となるのであつた》(『夏目漱石先生の追憶』)漱石先生は、門弟たちにとってよき庇護者。今でいうカウンセラーのような役割も果たしていた。

細かすぎて伝わらない関連動画など

(「愛」と「美」と「幸福」で動画検索してみました!!)

●人生とは何か、愛とは何かを問う/映画『幸せなひとりぼっち』特別映像


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※これは地味で良さげな小品ですな。探してみよう。

●「永遠に幸せでいられる方法」を伝授!
美輪明宏 ラジオ「薔薇色の日曜日」 2014年3月30日放送分より


ジョニーAのつぶやき:永遠に妖艶でいられる方法もお知らせ願いたいっ!<美輪さん